エリック・カールさんの絵本から、翻訳の工夫をさぐる3回シリーズの3回目です。
今回も、日本語版と英語版を比較して、違いなどをみていきたいと思います。
最後にとりあげるのは、
『みんないきてる みんなでいきてる!』/
”Eric Carle’s ANIMALS ANIMALS”。
【日本語版】
※日本語版の画像は偕成社サイトへのリンクです
『みんないきてる みんなでいきてる』
エリック・カール絵 くどう なおこ詩 (偕成社,2005)
【英語版】
※画像はAmazonへのリンクです
”Eric Carle’s ANIMALS ANIMALS”
Eric Carle絵 Laura Whipple編 (World of Eric Carle,1999)
- 内容紹介―迫力いっぱい、生き物たちの詩画集
- 日本語版は”くどう なおこ 詩”
- 英語版は古今東西の詩を集めている
- 翻訳せず、オリジナル詩にしたのはなぜ?
- 日本語版と英語版、どっちを読むか?どっちも!
- おわりに
↓↓ エリックカールの絵本の翻訳について 1回目の記事はこちら
↓↓ 2回目の記事はこちら
内容紹介―迫力いっぱい、生き物たちの詩画集
くじら、あり、きりん、ワシ、かたつむり…
エリック・カールさんが描いた鮮やかな生き物たちが、楽しい詩とともに、見開きいっぱいに次々登場します!
物語絵本というより、詩画集といった内容の絵本。
80ページを超える厚めの絵本なので、カールさんの絵をたっぷり見たい方にはとってもおすすめです。
動物好きの方にも◎。
全部一気に読めば生き物たちの競演に心躍るし、1見開きずつ少しずつ味わうのもいい。
後述しますが、詩はエリック・カール作のものではありません。
日本語版は”くどう なおこ 詩”
詩はくどう なおこ(工藤直子)さん。言葉遊びの詩など、読んだことあるなあ。
ん?「訳」でなくて「詩」?と疑問に思ったら、日本語版は翻訳でなく独自に詩をつけている、とのこと!
このことに気づいたのはある程度読み進めた後でした。
「らくだは らくか?」などダジャレみたいな部分があったので、原文はどうなんだろうと思ったら、創作だったとは。
なるほど!
はずむような、のびのびした自然な日本語詩は、翻訳の制約から逃れて自由につくったからなのだと納得しました。
カバーのそでには、工藤さんの言葉が。
エリック・カールさんが描くいきものたちが「こんにちは」とたくさんたくさん せいぞろい!
みんな なにか 「おはなし」したいみたいそこで わたしは耳をすまして みんなの歌声を聞いて 書きとめました
(後略)
絵から歌声を書きとめたという詩は、カールさんの絵にぴったりの、おおらかで生き生きした詩に仕上がっています。
英語版は古今東西の詩を集めている
では、英語版の詩は?というと、古今東西の詩やことわざなどを集めています。
シェイクスピア、ルイス・キャロル、ラドヤード・キプリング、エミリー・ディキンソン、聖書の言葉、アメリカン・インディアンの詩、ハンガリーのことわざ、日本の俳句などなど!
日本語版が全て工藤さんの詩なのに対して、英語版はいろんなところから集めた言葉の数々なので、1篇ごとに雰囲気やリズムも違い、よりバラエティーに富んでいます。
韻を踏んだ詩も多く、英語の勉強としても楽しそう。
翻訳せず、オリジナル詩にしたのはなぜ?
日本語版を翻訳とせず、独自の詩をつけたのはなぜでしょう?
全て推測ですが、詩の命である”韻やリズム”を翻訳するのは大変難しいから、というのが一番の理由だと思います。
意味と音を両立させる翻訳はあまりに難しく、無理にそれをするより、いっそ創作した方が素敵な詩ができると判断したのでしょう。
比べても元の詩とあまり似ていないので、ほとんど制約されず自由に創作したのではないかと思います。
英語版では見開きに2つの詩が載っていたところが、日本語版では1つの詩になっていたりも。
英語版には”日本の俳句を英訳したもの”もあるのですが、それも日本の俳句に戻すのではなく、工藤さんが全く新しい詩をつけています。
ただ、もしかしたら、理由は内容的なものだけではなく、権利上の問題もあるのかもしれません。
古今東西の言葉を集めたとなると、著作権の扱いが面倒そうなので。
いずれにしろ、翻訳でなく創作という判断、ちょっと勇気もいったのではないかと思いますが、私は正解だったと思います。
日本語版と英語版、どっちを読むか?どっちも!
さて、日本語版はカールさんの絵を見て工藤さんが詩をつけたということでした。
英語版は、見たところ、詩を編纂してからカールさんが絵をつけていると思われます。(詩の内容にぴったり合わせたような絵なので)
ということは、英語版の詩→絵→日本語版の詩という、イメージのしりとりみたいなことが起こっているのですね。
2冊は絵を共有しつつ、個性の違う作品に仕上がっているので、それぞれ別の良さがあります。
日本語版は、やはりお子さんにはとっつきやすいし、とにかく楽しい。
英語版は、様々な文化の様々な詩に出会うことができ、英語も学ぶことができる。
もちろん、両方見比べるのもまた興味深いです。
おわりに
世界中で愛されているエリック・カールさんの絵本について、3つの記事で3冊を扱い、翻訳の工夫を見てきました。
『はらぺこあおむし』もりひさし訳のリズムを大事にした再創作、『えを かく かく かく』アーサー・ビナード訳の翻訳を超えたような踏み込んだ表現、そして、『みんないきている みんなでいきてる』ではいっそ翻訳せずに工藤直子詩で日本版独自の創作をする選択。
どれも、単に英語から日本語へ変換するのみではなく、作品を深く理解し、その面白さをどう表現したらより活かせるかということに心を砕いているのがわかります。
さまざまな工夫で、素晴らしい日本語の絵本を届けてくれている、訳者や出版社の努力に感謝したいなと改めて思いました。