しかけ絵本のアトリエ

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エリック・カールさんの絵本《訃報を受けて》

エリック・カールさんがお亡くなりになったと、ニュースで知りました。

昨年末は安野光雅さん逝去の知らせもあり、絵本の世界はさみしいお別れが続いてしまいました。

でも、作品とともに、その存在はずっとそこにいてくれるようにも感じます。

今回は、カールさんの作品の中でも私にとって思い入れのあるものを、いくつか振り返りたいと思います。

私にとってのエリック・カールさん

 子ども時代からカールさんの絵本に親しんできた方、きっとたくさんいらっしゃることでしょう。

でも私は実をいうと、子どもの頃はそれほど読んでいませんでした。

小学生くらいからカールさんの絵本の存在は知っていたけれど、ちゃんと読んだ記憶があまりありません。

ちょうどいい年齢で出会わず、たまたま機会を逃したというのもあるかもしれません。
また、当時の私はおとなしめの絵に親しみを感じる性質だったので、カールさんの鮮やかで大胆な絵は、ちょっとまぶしく、強すぎるように感じていたのだと思います。

その良さに気づいていったのは、大人になって年齢を重ねてから。

子どもの頃とは逆に、鮮やかな色づかいや、元気さ、のびのびとした力強い画面にだんだん惹かれていきました。

シンプルですとんと心に入ってくるストーリーも、今ではとても好きなものが多いです。

2017年世田谷美術館エリック・カール展にも出かけていき、美しい空間で原画の数々やカールさんの愛あふれるメッセージに触れられたのも、素敵な体験でした。
その後ウイルス禍を経てこのたびの訃報。
今思えば、あのとき行けて幸運だったなと思います。

 

イメージの「広がり」に驚く『パパ、お月さまとって!

パパ、お月さまとって!
もりひさし訳  1986年 偕成社


1番好きなカールさんの作品です。

言わずと知れた…かもしれませんが、しかけ絵本好きとしてはやはり紹介しておきたいです。

(あらすじ)
「パパ、お月さまとって!」娘のモニカに頼まれたパパは、ながーいながいはしごを、たかーいたかい山にたてて、上へ上へ…

しかけはとても単純ですが、驚きの大きさはすごい!
お話に合わせて本が文字通りのびる!広がる!瞬間、心も枷がはずれて広がるような感覚になります。

私は常々、ストーリーしかけ絵本は単に「お話絵本にしかけを足したもの」ではなくて、「お話と絵、しかけが響き合ってお互いを生かしているもの」こそが面白いと思っています。
この『パパ、お月さまとって!』はまさにその響き合いが感じられるしかけ絵本

のびのびとしたイメージの跳躍力にあふれていて、ああ、素晴らしいなあ、と見るたびに思います。 


ちがう色が見える不思議『こんにちは あかぎつね!

こんにちはあかぎつね!

佐野洋子訳  偕成社 1999年

 

こちらはちょっと変わった絵本。

反対色の残像が見える「補色残像」という現象を利用したしかけ絵本です。

みどりいろのきつねをじっとみつめた後、次の白いページに浮かぶのは…あかぎつね

見えた!という喜びと不思議さは、科学への興味もかきたてます。

絵が表情豊かなので、じっとみつめるのもみつめ甲斐があります😊
特にかえるの絵が本当にかわいい…

 「でも、このきつねはあかくないわ、みどりいろじゃない。」とかあさんがえるは いいました。
「おかあさんったら。 もっともっと みなきゃ。」ちいさいかえるが いいました。
かあさんがえるは もっともっと きつねをみました。
すると、あらふしぎ! ちいさいかえるの いうとおりでした。

訳文のリズムがとても良い、と思ったら佐野洋子さん。さすが!

 

ところで、実はさっき「この本だけは子どもの頃楽しみました」と書こうとしたのです。
でも…今調べたら1999年発売?初版が?その年ならもう子どもじゃない。勘違いでした💦

1990年頃、みつめた絵の残像で反対色が見える、という絵本を読んだ記憶があって、『こんにちはあかぎつね!』を見たときにそれだと思ったのですが、違う本だったようです。
(どなたか、もしご存じの方がいらしたら教えてくださるとうれしいです)

自由に絵を描くことのすばらしさ『えを かく かく かく

えを かく かく かく

アーサー・ビナード訳  偕成社 2014年

タイトルからして、絵を描く情熱が表現されています。
原題が『The Artist Who Painted a Blue Horse』(青い馬を描いた画家)であることを考えると、この訳題はすごい。

前述の2017年の世田谷美術館エリック・カール展」で、最も印象に残った作品です。

 

ぼくは えをかく。 えをかけば ぼくは えかきになる。 いまから かくのは とっても

文の途中で次の見開きに移る、疾走感がすごい。

あおい うまだ。 もっと もっと かく。 ものすごく

とまた次の見開きに続く…

 

青い馬、赤いワニ、黄色い牛。

「ぼく」の描く衝動と、実際にはありえない色の生き生きとした動物の絵。

この絵本は、カールさんがフランツ・マルクの絵に感動した体験がもとになっているそうです。
フランツ・マルクは、カラフルな動物たちを描いた画家でしたが、ナチス政権下ではその絵は「堕落した美術」として見るのを禁止されていたとのこと。
それを、美術の先生がカールさんにこっそり見せてくれたのです。

マルクへのオマージュといえるこの絵本には、自由に描いていい。思うままに描いていい。自分の絵を描けばいい。そんなメッセージが強く強く表現されていて圧倒されます。

私は子どもの頃であっても「子どもらしく自由に」絵を描くことがうまくできませんでした。
きれいに描こう、正しく描こう、恥ずかしくないものを描こうとして手が思うように動かない。
絵はとても好きだったけれど、勢いよくどんどん描くことはできなかったし、人の目をとても気にしていました。

大人になっても、なかなかそのとらわれから抜け出すことができません。
むしろ、大人になってもっとコンプレックスが強くなり、縮こまっているように思います。

だからこそ、この絵本を読むと胸が熱くなる。
こんなふうでありたい、そう思います。

英語版が発売されたのが2011年。

カールさんはご高齢になってからも、こんなにも力強い作品をつくられていたんだなあ。

(追記)
気になって原語でも読んでみたのですが、比較すると印象が大きく異なります。
私が感じたような情熱、疾走感は日本語訳の方がずっと鮮明に表現されています。
直訳とはずいぶん違うことに驚きました。

読み比べてみると面白いかもしれません。


(2021.8.24 追記)

この本の翻訳については、その後改めて記事にしています。
よろしければご覧ください。

rumi-o.hatenablog.com

おわりに

エリック・カールさんの絵本について、自分の思い入れがあるものを振り返りました。

このたび改めてカールさんの作品を見て、その絵本から伝わるあたたかいエネルギーを感じます。

またじっくりと読み返したい絵本も、まだ読んでいない絵本もたくさんあります。

こんなに素晴らしい絵本の数々をのこしてくださったカールさん、ありがとうございました。